皆さんこんにちは!
「毎日の子育てや仕事に追われながらも、私は常に夢をあきらめずに追いかけ続けています。」
私の夢は・・・
- 起業して自分自身が世の中に付加価値を提供できる人間になること。
- スポーツに携わる仕事を手掛け、プロスポーツ選手をサポートできる存在になること。
- 老後は妻と野球観戦を中心に世界中に旅行にいって、さまざまな景色をふたりで分かち合うこと。
このブログは、その歩みを記録していく場所です。
今日はある一冊の本からの学びをここに書き綴りたいと思う。

食卓での小さな葛藤
私は現在、未就学児2人の女の子を育てている。
上の子は最近、自分で「トイレに行きたい」と意思表示をしてくれるまでに成長してくれた。
しかし、ご飯の時間には苦労が多い。
好きなものばかりに手を伸ばし、それ以外はなかなか食べようとしない。
挙げ句の果てには遊び始めてしまい、その姿を見た妻は激怒する・・・
そんな毎日を過ごしながらも、娘の小さな心の変化を見逃さないように、
どうしたら気持ちよくご飯を食べてくれるかを考え続けている。
ダメだと分かっていても、つい「ご飯を食べなきゃ〇〇できないよ」といった賞罰に頼ってしまう。そうなると「ご褒美がなければ頑張れない子」に育ってしまうのでは…
そんな不安も抱えていた。
『嫌われる勇気』との出会い
結局、賞罰も怒りも、子どもを自分の思いどおりに動かすための“手段”にすぎない。
そう気づかせてくれたのが『嫌われる勇気』という一冊だった。
嫌われる勇気は、読書好きの方なら知らない人はいないだろう。
「人は怒りという道具を利用している。」
この言葉が心に深く刺さった。
娘に対して、自分の理想を押しつけるために“怒り”という道具を使って
教育していたのではないか、とハッとしたのだ。
それ以来、怒りの感情が湧いてきたときには、「自分は今、道具を使おうとしている」と立ち返るようにしている。そのおかげで、怒ることはほとんどなくなり、できる限り対話をして娘自身が何を望んでいるのかを聞く耳を持てるようになった。
そして、今の状況や感情はすべて、これまでの自分自身の選択によって生み出されたものだと認識するようにしている。
宝の時間としての育児
育児は想像をはるかに超えて大変だ。
「自分の親父はこんなことしていなかったじゃないか」と思ったことも数えきれない。
だが、今の時代を生きるうえでは、そんな言い訳は通用しない。
今しかできない育児という宝の時間を、怒りではなく喜びとしてかみしめていきたい。
駑馬十駕をモットーに、これからも一歩ずつ前進し、明日も努力を積み重ねていきます。
三十路パパ
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